投稿者 : awakb 投稿日時: 2018-08-07 10:14:20 (34 ヒット)
 岩倉城は文永四年(1267)に小笠原長房が築いた。 本丸を囲んで観音坊、宝冠坊などの六防を配する鎌倉式築城で、守護所を設け、一時期この地が阿波の中心であったとみられる。
 岩倉城は文永四年(1267)に小笠原長房が築いた。 本丸を囲んで観音坊、宝冠坊などの六防を配する鎌倉式築城で、守護所を設け、一時期この地が阿波の中心であったとみられる。
 さらに、東は大谷川から、西は井口谷川にわたる東西4kmの間に諸城を配した大城郭群=「総構え」を構築した。東西両端の大木ノ鼻は、この総構え(大城)を囲い込む砦であった。また、戦時に防塁(隠し砦)の役目をもつ岩倉八幡神社や若宮神社を配置した。
三好 康長(みよし やすなが)は、戦国時代から安土桃山時代にかけての武将・大名。阿波岩倉城主、河内高屋城主。三好長秀の子で元長の弟、康俊の実父。三好長慶の叔父。
 宝珠寺(長房菩提寺)の初代住職 翠桂が、はじめて藍を栽培したので、美馬市が阿波藍の発祥地とされる。
 戦国時代には三好康長(咲岩)(しょうがん)が岩倉城を大修築して、阿波における三好氏の本拠とした。

   

 三好で行われている武者行列祭り(三好長慶) 辺見様提供 動画はこちら

投稿者 : awakb 投稿日時: 2018-08-06 06:02:27 (27 ヒット)
別所の大クス

 吉野川の堤防近くの旧県道沿いにあります。県下で6番目のクスの巨木で,樹齢約850年,幹の周り9.8 m,高さ23.5 m ,枝の広がりは東西31.4m ,南北26.6 mと鑑定されています。
築堤工事のとき樹根を傷めましたが,現在は樹勢も回復しています。往来の激しかった同街道(県道)が町道に変更となったことが幸いして樹には好条件となっています。道路をはさんで西側に楠薬師堂があり,前庭に五輪搭や庚申塔(寛文(17 5 7?17 6 8)年の銘あり)が整理されており,信仰の対象となっています。このクスの下に古い小さな社があり,楠藤兵衛を祭っていたとのことです。火術(花火)が特技で日清,日露戦争に従軍,旅順攻撃にも参加して敵をおびやかしたと笠井新也の「阿波の狸の話」に書いてあります。その後,「牛頭天王御社」が建立されました。土地の古老の話では「薬師如来と牛頭天王とは深い縁があり,大クスの東で助松寄りに薬師寺がある。長曽我部に焼き打ちされ,再建後,またもや焼失し,その流れをくむのが楠薬師庵だ」ということでした。庵の中には薬師,観音,阿弥陀,大師の像が安置されています。場所は政所と言います。
 この近くに稲田兵庫(藩の中老で1500石)の知行地があり,それを支配していた役所があったところからこの名が付けられました。その後,この付近に村役場や小学校,郵便局等が建ち 旧岩倉村の中心地でした。今は静かな住宅地となっています

 上原先生がドローンでとられた大クス 動画はこちら

投稿者 : awakb 投稿日時: 2018-07-14 05:06:02 (35 ヒット)
岩倉の年表

6世紀(古墳時代)岩倉拝原に国中古墳

1666(寛文 6) 別所浜西の庚申塔の刻字、外二基
1668       別所浜東大楠下庚申塔の刻字、外二基
1669       笈ノ川(古川善一郎さん宅西)の庚申塔の刻字、外四基
1670       別所岩倉用水と井口用水のための井口谷分水の覚書
1672       岩介拝原の地神塚庚申塔の刻字。正徳6年にも1基
         別所上貴船神社西の庚申塔の刻字。外4基
1736(享保21) 八幡神社石灯龍の刻字
1741 (寛保 元) 八幡神社注連柱の刻字
1762(宝暦12) 別所薬師堂地蔵尊の刻字
1765(明和 2) 岩倉上ノ段(田中茂明さん宅前)庚申塔の刻字
1810(文化 7) 岩倉上ノ段地蔵堂横、法界萬霊供養塔の刻字
1811       岩倉国中神社跡手水鉢の刻字
1835(天保 6) 岩倉共同墓地、光明真言供養塔の刻字
1838 岩倉上ノ段(田中茂明さん宅前)光明真言供養塔の刻字
1844 貴船神社石灯龍の刻字
1852(嘉永 5) 国中神社跡石灯龍の刻字
1854       八幡神社狛犬の刻字
1855(安政 2) 別所石川家、光明真言供養塔の刻字
1858       八幡神社石灯龍の刻字 
1859 別所薬師堂薬師如来像の刻字
1886(明治19) 郷司義一郎、岩倉山村・岩倉村戸長となる
         別所の西野寿太郎の納屋を借り岩倉小学校開設
1910       岩倉小学校、現在地に新築移転
1918(大正 7) 小島渡船場に岡田沢渡船運行
1921 別所桜ノ馬場で美馬郡競馬大会行われる
1922 岩倉伝染病院開設
1927(昭和 2) 岩倉郵便取扱所開設
1928       国中神社跡地に梅を植え、梅林公園となる
1932       岩倉池完成
1937 八幡神社、現在地に新築遷宮
1938 字油免に岩倉村役場庁舎新築移転
1946 南海道大地震、別所浜で三人死亡
1949       穴吹?塩之江線県道編入
         小島渡船転覆、小学生10人遭難
1951 小島渡船六月から県営となる
1952 小島潜水橋(木橋)架設、完成直後流失
      岩倉幼稚園開園
1955 別所簡易水道完成
      小島潜水橋復旧工事完成
1957 岩倉「ハッサク」栽培始まる
1958       三町合併により岩倉町役場庁舎閉庁
1961       中岩倉土地改良区と井口用水組合との水利権訴訟
1963       県道・鳴門―池田線の井口谷橋(別所)完成
      県道・鳴門―池田線付け替え改良工事(別所上)完成
      陸上自衛隊善通寺駐屯第109施設大隊渡河演習
1965 岩倉上ノ段簡易水道給水開始
1966 吉野川北岸築堤工事、別所地区着工
1967 町道三六号線、国補失対事業による改良工事
951968 岩倉釈迦堂釈迦像の刻字
1970 町道158号線舗装工事着工、62年完工
1973 町営住宅別所団地鉄筋コンクリート造り四階建完成
1974 別所浜の水田ヘクロヅル飛来
1975 岩倉保育園開園
1979 岩倉農業担い手センター完工 屋台新装秋祭りに復活
1980 町道26号線拡幅改修工事着工
1981       岩倉教育集会所完成
1982  岩倉拝原ほ場整備事業完成
      小島橋起工
1983       梅林公園にゲートボール場開設
      町道26号線の舗装工事完了
      別所上集会所完成
1984 別所浜農産加工所完成
1985 岩倉拝原西地区ほ場整備事業完工
1987 吉野川北岸農業用水支線通水
1988 岩倉池補強工事着工
1992(平成 4) 小島橋完成


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